キャンペーンのヒント

「北大ジンパ復活」からわかるキャンペーン術!<前編>

北海道大学のジンギスカン・パーティー(略称「ジンパ」)は伝統行事として有名ですが、2013年2月、規制が突然発表されました。 そこで工学部3年生の斎藤篤志さんは、大学当局と話し合いの場を設けること、話し合いの上で落とし所を探ることを目標に掲げてキャンペーンを開始。 1,500名以上の署名は受け取りを拒否されてしまいましたが、理事や副学長など大学側と会談を行い、粘り強く交渉を進めた結果、「ジンパエリアの新設」 に向けて、運営システムなどを検討することになりました。

今回は、「北大ジンパ」キャンペーンを発信した齋藤篤志さん(写真中央)に、キャンペーン成功までの道のりについてお伺いします。

—まずは、自己紹介をお願いします。

北海道大学工学部3年生の齋藤篤志です。 今回のキャンペーンでは北大ジンパ問題対策委員会の代表として活動しています。

—齋藤さんが委員長を務める北大ジンパ問題対策委員会は、2013年3月5日に「設立宣言」を発表し、正式発足した組織ですよね。

キャンペーンをはじめたのが2013年2月25日ですので、それから、有志で集まって委員会を作ったという流れになります。

—なるほど。委員会を組織して、署名を準備して…という流れとは逆で、最初にキャンペーンがあったということですね。 では、いわゆる「北大ジンパ禁止問題」を齋藤さんが知ったのはいつだったのですか?

キャンペーンをはじめる前日です。TwitterのRetweetでレクレーションエリアの廃止の情報が流れてきたのが、この問題を知ったきっかけです。 北大が発行する卒業生向けのメールマガジンのキャプチャー画像が添付されていて、そこに「共用レクリエーションエリアの廃止」とありました。

—いつもジンパを楽しんでいた共用レクリエーションエリアが廃止されると知って、すごく驚いたのではないですか?

そうですね。非常に驚きました。そのあとは『これからも北大でジンパがしたい!』というただ一心でしたね。このまま黙っていたらジンパができなくなるという危機感から、ほとんど反射的に今回のキャンペーンを始めようと思いました。

—齋藤さんは、津田大介さんのメールマガジンでChange.orgのことを知り、キャンペーンをはじめてくれました。 でも、発信するまで1日くらい間があります。それはどうしてだったのでしょうか?

Twitterでジンパ禁止の情報を知ってからキャンペーンを立ち上げるまで丸1日ありましたが、その1日は情報が正しいかどうかを調べるために使いました。 大学側が公開した情報は少なく、デマの可能性もあったためです。

—キャンペーンの前提となる基本的な情報が正確かどうか確認していたのですね。ほかに、準備の際に苦労した点はありますか?

繰り返しになりますが、大学側が公表した情報が少ないことには本当に苦労しました。キャンペーン当初、どこに働きかけるべきかも分かりませんでしたし、大学側のスタンスも分かりませんでした。 大学に直接電話して確認したり、Twitterなどで情報を集めたりして、どこが今回の決定を下した責任主体なのかを明らかにしていきました。

—なるほど。不透明なプロセスだと、そういう点でも苦労しなければならないので、よくないですね…。 ところで、「ジンパ禁止反対」というのが当初の要望だったような記憶があります。そこから、「大学当局と話し合いの場を設けること」と「話し合いの上で落とし所を探ること」という目標にしたのはどうしてですか?

Twitter上で議論をし、最も建設的で不満が出ないような目標を汲み取ったんです。 そのあと大学への具体的な要望は北大ジンパ問題対策委員会の会議の中で決定していきました。

—キャンペーン・ページ内にある2月26日付の「進捗報告・お知らせ」欄で、その決定が報告されていましたね。キャンペーンをはじめてからも、周囲の意見を取り入れて内容を改善して行くのは、とても柔軟な姿勢だと感じていました。 では、キャンペーンを進めるための戦略を立てる際に意識した点はどんなことですか?

意識していたのは「方向性を見失わないこと」ですね。 今回の問題では様々な立場の賛同者がいたため、下手をすれば僕らの団体が空中分解する可能性もありました。 そうならないためにメンバー・賛同者の意見に常に気を配り、意見の集約をしようと努力していました。

—なるほど。確かに、Twitter上でも様々な意見が飛び交っていましたからね。キャンペーンへの賛同者集めで工夫したことは何ですか?

最初の2日間はTwitterのメンションで北大の教授や有名人にキャンペーンがあることを伝えて、拡散していただきました。 その後はFacebookで爆発的に広まりました。広報と署名が同時に広がっていく感じで、100人を越えたあとはどんどん増えていきました。 2日目に約500人、3日目には約900人が賛同してくれました。多くの方が関心を持っていることと思っていましたが、予想以上の反響に正直驚きを隠せませんでした。 他には学内でビラを配るなどをし、賛同者を増やしていきました。

—齋藤さんをはじめとする北大ジンパ問題対策委員会の皆さんは、情報発信をTwitterやFacebook、Tumblrで行いつつ、情報をwikiでまとめたり、非公開の委員向けメーリングリストで議論したり、メディアをうまく活用されていたと思います。

そうですね。キャンペーンと並行してFacebookページ・Tumblrページ・まとめwikiで進捗状況の報告を随時行いました。またTwitterや メーリングリスト上で議論しても話がなかなかまとまらないので、北大ジンパ問題対策委員会のメンバーで会議を週1回程度行っていました。

—たしかに、オフラインで会って話すのはとても大切です。 TwitterやFacebook、そしてChange.orgなどを通していろいろな人に出会ったと思いますが、どんな方がいましたか?

学部生・院生・OBOG・教員・職員など様々な人に協力していただきました。 北大ジンパ問題対策委員会の初期メンバーは主にTwitterでのつながりです。その後はビラを見てメールしてくれた方や、Facebookページでコメントしてくれた方とも連絡をとって、協力していただくこともありました。 Change.org を通じて知り合った人は、北大ジンパ問題対策委員会のメンバーとして参加していただいた学部生もいますし、教員署名に署名していただいた教員もいらっしゃ いますね。Change.orgにはメッセージ機能があるので、個別に、全体にメッセージを送ることができ、重宝しました。

—そう言って頂けてとても嬉しいです! 賛同を集めたり、仲間を集めて相談したりする以外に、キャンペーンと平行してやっていたことは何ですか?

ありがたいことに新聞や雑誌、テレビなどから取材をしていただき、周知が行き渡りました。

—北海道新聞さんや北海道文化放送さんなど、多くのメディアに取材されていましたよね。そうしたメディア・プレッシャーも大学側に効いたのだと思います。

※ このインタビュー記事は、<後編>に続きます!

Written by
Change.org
5月 14, 2013 4:46 am